千葉地方裁判所 昭和62年(ワ)1641号 判決 1988年9月30日
原告 株式会社千葉銀行
右代表者代表取締役 玉置孝
右訴訟代理人弁護士 澤田和夫
右訴訟復代理人弁護士 河邊義範
被告 株式会社ユーコー
右代表者代表取締役 瀬戸井実
右訴訟代理人弁護士 松原実
主文
一 千葉地方裁判所昭和五九年(ケ)第三一二号不動産競売事件について、同裁判所が作成した配当表のうち、被告の配当額二〇二七万五九一九円を一九三八万六六三七円と、手続費用六三万三八九七円を一五二万三一七九円(同配当表別紙手続費用計算書第三八番の九三五円を八九万〇二一七円)と、それぞれ変更する。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 原告
主文と同旨の判決
二 被告
「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告を債権者、篠崎泰朗(以下「篠崎」という。)を債務者兼所有者とする千葉地方裁判所昭和五九年(ケ)第三一二号不動産競売事件(以下「本件競売事件」という。)の配当手続において、同裁判所は、昭和六二年一二月一〇日、配当金額三五二八万円について、別紙のとおり配当表を作成した(以下この配当表を「本件配当表」という。)。
2 原告は、本件競売事件において、昭和五九年一二月一〇日、競売目的物件たる別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)の敷地に係る地代の代払の許可を受けた。
3 原告の行員である服部明巳ほか一名は、昭和五九年一二月二一日、昭和五八年一月分から昭和五九年一二月分までの本件建物の敷地に係る未払賃料(地代)合計三六万七二〇〇円と同日までの遅延損害金一万七一八二円の合計三八万四三八二円を、地主である加藤和公(以下「加藤」という。)方に赴き、同人に対し、原告が千葉地方裁判所から地代代払の許可を受けたので、昭和五八年一月分以降の未払賃料(地代)及び昭和五九年一二月二一日までの遅延損害金を支払いたい旨申し向けて、前記金員を現実に提供したところ、加藤からその金員の受領を拒絶された。そこで、原告は昭和五九年一二月二四日、千葉地方法務局船橋支局に右金員を供託した。
4 加藤は、前記のとおり原告の行員が同人方を訪れた昭和五九年一二月二一日、たとえ原告が千葉地方裁判所から地代代払の許可を受けたとしても、篠崎(借地人)との間で土地明渡めぐって係争中であり、今後原告が地代を持参しても受領しない旨言明したため、原告は、昭和六〇年一月分から昭和六二年九月分までの賃料(地代)については、加藤に現実の提供はせず、毎月前記支局に供託してきた。
5 原告は、前項の供託金合計八八万九二八二円について、前記配当手続きにおいて、供託書を提出して原告に配当するように求めた。
6 右供託金は、執行手続費用として、最後の順位で配当を受けるべき被告の債権より優先して原告に配当されるべきところ、別紙配当表の手続費用計算書のとおり、右供託金は、原告に配当すべき手続費用として認められておらず、却って、被告に対し二〇二七万五九一九円を配当すべきものとしている。
7 前記供託済の地代は次の理由により、本件競売事件における共益費用として供託者である原告に最優先で配当されるべきである。
(一) 地代の代払の許可並びに右申立てに要した費用及び右許可を得て支払った地代等について定めた民事執行法一八八条、五六条は、特に地代を供託した場合を除外していない。本件競売事件においては、地代の供託がなされていたからこそ、借地権が地主の解除によって消滅することなく存続し、借地権の存続が競売建物の評価に反映し、ひいては借地権が存続しない場合に比し配当額が増額したのであるから、供託金は他の執行手続費用と同様に配当債権者全体の利益のために支出された費用といえる。
(二) 本件では原告の供託した地代は被供託者(敷地所有権者加藤)に還付されることなく供託されたままであり、原告は依然供託済の地代を取戻すことができるのであるから、あえて訴訟によって供託金相当額の配当を求める必要はなく、右供託金を取戻すことで同様の満足が得られるとの考え方もありうる。
しかしながら、仮に原告が供託金を取戻した場合には、地代は遡って供託されていなかったことになり、従って本件建物の敷地所有者は、右建物の買受人との賃貸借契約を地代不払を理由に解除することが考えられる。原告は、右敷地所有者に対し、地代を供託するにあたり、提供をしたとはいえ、それだけでは右のような解除を完全に防止しうるかは多分に疑問であり、敷地所有者が地代不払を主張して建物買受人(またはその承継人)に対し、建物収去土地明渡請求訴訟を提起し、その紛争に原告がまき込まれる可能性は極めて大である。更に、もし賃貸借契約解除の効果が認められた場合には、買受人は、供託金を敢えて取戻した原告に対し損害賠償の請求をすることも考えられる。このような争いが生ずる危険性が完全に払拭されない以上、原告が供託金を取戻すことはありえないし、また、取戻しにより、本件訴訟で配当を受けることと同様の満足が得られるとは言えない。
(三) 原告に供託済の地代相当額の配当が認められた場合には、地代がいまだ供託されたままの状態になっているため、原告は一方で供託金相当額の配当が認められながら、他方で右供託金を取り戻すという二重取りの虞れがあるとの考え方もありうる。
しかしながら、原告は、昭和六三年四月二六日付書面をもって、右地代を供託した千葉地方法務局船橋支局に対して、右供託金の取戻請求権を放棄する意思表示をし、右放棄書は、同日、同支局において受理され、原告はすでに右供託金の取戻請求権を失い、前記二重取りの虞れは存しない。
(四) 前記供託済の地代が、原告に最優先で配当された場合、一見被告にとっては不利なように見られるが、共益費用と見れば不利益とはいえず、仮に不利益であるとしても、それは被告が共益費用の増加を招くこととなる地代代払の許可の裁判に対して執行異議の申立てをしなかったことによる不利益といえる。
よって、原告は本件競売事件の配当について、本件配当表を変更し、被告が受けるべき配当金二〇二七万五九一九円を一九三八万六六三七円に減額し、原告に八八万九二八二円配当すべきことを求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1ないし5の事実は認める。
2 同6のうち、供託金が執行手続費用として最後の順位で配当を受けるべき被告の債権より優先して原告に配当されるべきであるとの主張は争い、その余の事実は認める。
3 同7の主張はいずれも争う。
第三証拠関係《省略》
理由
一 請求原因1ないし5の事実及び同6のうち本件配当表において、原告のした供託金が原告に配当すべき手続費用として認められておらず、却って被告に対し二〇二七万五九一九円を配当すべきものとしている事実は当事者間に争いがない。また、《証拠省略》によれば、原告は、昭和六三年四月二六日千葉地方法務局船橋支局に対し、請求原因3及び4に記載のとおり供託した供託金の全部について取戻請求権放棄書を提出し、右書面が同日同支局において受理されたことにより、右請求権を放棄したことが認められる。
二 そこで、本件競売事件において、地代の代払の許可を受けた原告が、地主(賃貸人)の受領拒絶を理由に供託した地代は民事執行法一八八条、五六条二項(五五条八項)により共益費用となるかどうかについて検討する。
1 民事執行法一八八条、五六条二項(五五条八項)が、代払した地代等を執行費用のうちの共益費用とし、配当等の手続において優先的に弁済を受けられることにした趣旨は、差押の目的たる建物の評価額のうち借地権の価額が占める比重が、通常極めて大きいものであることから、債務者(建物所有者、借地人)の地代不払によって契約が解除されて貸借権が消滅してしまうと差押建物の価値が激減するので、差押建物の価値保全のため、差押債権者に地代の代払許可を受けて代払をすることを認め(同法一八八条、五六条一項)、債権者が解除による右のような目的不動産の減価を防ぐことができるようにし、こうして、債権者のした代払金等は差押建物の価値保全のために費した費用であって総債権者の利益に帰するものと認められるからである。
2 ところで、民事執行法五六条一項は右の代払の許可を「債務者に代わって弁済すること」の許可と規定し、また、同条二項は共益費用となる要件を許可を得て「支払った地代」と規定しているので、弁済された地代が共益費用となることは明らかであるが、供託した地代が当然に共益費用となるということはできない。
しかし、借地契約において債務者が適法に弁済の提供をしたのに債権者が受領を拒絶されたことにより供託が有効にされたときは、債務は消滅し、債権者(地主)からの債務不履行を理由とする借地契約の解除を阻止することができる。このことは、民事執行法一八八条、五六条の地代等代払の許可を受けた差押債権者が地主の地代受領拒絶などを理由に有効に供託した場合においても同様である。
もっとも、債権者が供託を受諾せず又は供託を有効とする判決が確定しない間は、供託者は供託物を取戻すことができ、この場合は供託がなかったこととなる(民法四九六条)のであるから、差押債権者が地代の代払金を有効に供託した場合であっても、その供託金を取戻すことができる間は、地代債務が確定的に消滅したということはできす、右供託金をもって、民事執行法五六条二項にいう「支払った」地代ということはできない。またそのように解しても、代払をした執行債権者は自ら供託金を取戻すことができるのであるから格別の不利益はない。
これに対し、執行債権者の地代の代払金の供託が有効になされ、かつ執行債権者において右供託金を取戻すことができなくなったとき、例えば供託者が供託局に対し、供託金取戻請求権を放棄した場合(その他、地主が供託を受諾し、又は供託を有効とする判決が確定した場合も同様である。)には、地代債務は確定的に消滅したということができるから、右供託金は、民事執行法五六条二項にいう差押債権者の「支払った」地代又はこれと同視すべきものと解するのが相当である。
蓋し、地代が有効に供託されたときは、地主からの解除権の行使を阻止する上で単に弁済の提供がされた場合に比較して、事実上及び法律上有利であるところ、執行債権者が単に弁済の提供をしたにとどまらず、地代代払金を供託し、かつその取戻権を放棄した場合には、1に述べた法条の趣旨に照らして地代を弁済した場合と選ぶところがなく、また、そのように解しても地主に格別の不利益を負わせるものではない。そして、この場合に地代代払金が共益費用とされないと解するときは、供託者に著しく不利益となるからである。
3 そこで、これを本件についてみるに、原告は請求原因3及び4のとおりの経緯によって地代を供託した(この事実は、前記のとおり当事者間に争いがない。)のであるから、右供託は地主の解除権を阻止する上で有効にされたものであるということができる。そして、原告がその後右供託金全額について取戻請求権を放棄したことは前認定のとおりである。
そうしてみると、右供託金は民事執行法一八八条、五六条二項にいう共益費用というべきである。
三 以上のとおりであるから、原告が代払許可を得て供託した供託金八八万九二八二円は共益費用(手続費用)として原告に配当されるべきであり、これをしなかった配当表はその限度で変更されるべきである。
四 よって、原告の本訴請求は理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 清野寛甫 裁判官 丸山昌一 澤野芳夫)
<以下省略>